第一部 海外進出の際に知っておきたい基礎知識(労務編)
仲田 理華 代表社員
特定社会保険労務士

海外勤務者の形態と日本国内における社会保険と労働保険への加入要件を確認
海外勤務者が日本国内で社会保険や雇用保険の被保険者資格を継続させるためには、日本国内の事業所と雇用関係が継続していることが要件となります。その雇用関係の継続が一番明確なのが、日本国内の事業所から給与を受け取ることです。日本企業で雇用関係が継続したまま海外で勤務する在籍出向の場合、健康保険は資格を継続できます。
介護保険は海外ではサービス適用外のため、介護保険適用除外該当届を保険者に提出し、住民票を除票していれば、保険料の納付は不要です。厚生年金、雇用保険は継続でき、労災保険は、適用対象外ですが、労災保険の海外派遣者特別加入制度を活用することができます。
一方、移籍出向の場合、日本の出向元との雇用関係を一旦終了させ、退職金を支払い、現地の企業と直接雇用関係を結ぶこととなります。その場合、日本国内の社会保険の資格の継続はできなくなり、労災保険の特別加入制度にも加入することはできません。
被保険者資格を喪失する場合、健康保険は任意継続被保険者(最長で2年間)となるか国民健康保険に加入するという選択肢があります。介護保険は、サービスは適用除外ですが、国民健康保険加入のために住民票を除票していない場合は、保険料の納付が必要となります。
厚生年金は、国民年金に任意加入することができ、付加保険料(月400円)の納付で将来の年金受給額を増やすことができます。
労災保険は移籍出向の場合、海外派遣者特別加入制度に加入することはできません。
健康保険
海外に赴任し健康になったというケースはあまり聞きません。気候の変化に伴う健康問題、感染症、生活習慣病、メンタル面のトラブル、現地医療機関への不安など海外勤務者の健康に対するリスクは増えると考えられます。また、実際に病気になり、病院にかかるときになって健康保険や海外旅行保険の利用の方法がわからず、病院から足が遠のき持病を悪化させたり、体調を崩すなどのケースも聞きます。
海外療養費の支給申請手続自体は難しくありません。現地の診療内容明細書/領収明細書を日本語に翻訳したものを添付して申請書を協会けんぽ・健康保険組合に提出します。協会けんぽ・健保組合が診療内容を日本の保険診療報酬の点数に直して本人への還付額を計算して本人の口座に振り込まれます。
しかし、現地で治療を受ける際、日本の健康保険の対象外となる医療行為や処方箋を出された場合、健康保険からの給付がなかったり、振込金額が少なくなることもあります。海外療養費を利用する際には、日本の健康保険システムを熟知している日系のクリニック等を利用することをお勧めします。海外でのスムーズな受診のためには、赴任前に申請に必要な用紙をプリントアウトして渡しておく、現地の病院の情報を渡しておくなど赴任前の情報提供が重要となります。
赴任者の健康管理
長期赴任前に健康診断を受診することは法律で定められています。本来は候補から外しておきたい、定期健康診断で異常がみられる人、持病がある人を選任し赴任させざるを得ない企業が多いでしょう。そこで、事前の病気の予防や悪化防止対策を行うこと、また対策をとったことがわかるよう文書に残しておくことが重要です。たとえば赴任前に実施したほうがよい予防接種を受けさせているかどうか、持病や健康状態の把握の実施などに努めたことを記録に残すことをお勧めします。
実際に海外赴任者に関する判例などもありますので、企業が安全配慮の義務を行っていることが確認できるよう、実施した事項を記録し保管することは、企業を守ることとなります。
今年の1月に労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドラインが厚生労働省から出されました。使用者は労働者の健康確保を図るために適正な労働時間管理を行う責務があるとされており、海外勤務者に関しても例外ではありません。海外赴任者の労働時間管理について一度ご検討されてみてはいかがでしょうか。
社会保険の標準報酬月額の考え方
海外勤務者の社会保険の標準報酬の考え方につきよくご質問をいただきます。年金事務所より出されている「海外勤務者の報酬の取り扱い」は必ず確認しましょう。
年金事務所の調査が入って標準報酬の取り方の間違いを指摘され是正を求められた事例もあるようです。御社では正しく運用されているか、年金事務所の取り扱いをご確認ください。
社会保障協定
海外で働く場合は、働いている国の社会保障制度に加入する必要があり、日本の社会保障制度の保険料と二重に負担をしなければならない場合があります。
社会保障協定は、①二重加入の防止(保険料の二重負担を防止するために加入すべき制度を二国間で調整する)と②年金加入期間の通算(保険料が掛け捨てにならないために、日本の年金加入期間を協定を結んでいる国の年金制度に加入していた期間とみなして取り扱い、その国の年金を受給できるようにする。)ために締結されています。しかし、現在アジアで締結している国は残念ながらありません。
協定締結国からの年金の受給手続きについてお問い合わせをいただきますが、日本で年金の請求を行う場合、必要書類は年金事務所に用意があり、添付書類とともに提出するといういたって簡単な手続きです。
社会保障協定の対象国は適用事業所の所在地であり被保険者の国籍の要件ではありません。適用事業所に雇用されている外国人被保険者が社会保障協定締結国に赴任する場合も適用されます。
労災保険 海外派遣者の特別加入制度
民間の労災保険や赴任国で労災保険に加入をするケースが多いようですが、やはり日本の労災保険のほうが補償範囲が広く、また年間の保険料も高くないためほとんどの企業が特別加入制度を利用しています。
特別加入制度は出国後も加入することができますが、赴任日当日から保険適用を受けるために赴任日の前日までに申請書を労働基準監督署へ提出しましょう。
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